砂糖菓子建築と暮らしの中の東ドイツ

KARL-MARX-ALLEE/カールマルクスアレイの建築は「新古典主義の様式」と言われるより、「ウェディングケーキ的ファサードのある建物」と言われた方が断然興味が沸く。砂糖菓子で作られたような装飾が要所要所に飾られている所から由来するらしい。もっとも、これは皮肉も込めて西ドイツ側が好んで使った表現だからよく思わない人もいて、だけど言い出しっぺはフルシチョフでスターリン批判も含めて言った言葉だとかなんだとか、とにかく曰く因縁つきの表現なのだけれども、何だか美味しそうではないですか。

さて、サイトで特集を設けた「グッバイ、レーニン!」枠にも収めましたKARL-MARX-ALLEE/カールマルクスアレイのコンテンツ。この大通りに住む人たちにインタビューをしたイルィヴァと写真家のリディアが、とうとう本を出版しました。2003年の初冬と夏に開かれた展覧会で紹介された写真や文章が収められています。タイトルは「Leben hinter der Zuckerbaeckerfassade」、「ウェディングケーキ的ファサードに隠された日常生活」とでも言いましょうか、建築や政治の側面から取り上げることの多かったこの通りを人々というテーマで取り上げた興味深い本であります。


--1992年のある日、偶然カールマルクスアレイを通り過ぎた時、壮大で宮殿のようなこれらの建築物はどんな機能を果たし、多くの窓の中にはいったい何があるのか、何か意味合いのある建物に違いないと思いました。住居人の名が列ねてある玄関の表札を眺めては、どんな間取りにどんな人々が暮らしているのだろうかと想像してみました。

それから3年後にベルリンで暮らしはじめ、再び訪れてみると随分ときれいになったカールマルクスアレイを目の当たりにしました。この通りを巡るガイドツアーに参加した時のこと、重要文化財にもなっているこの通りの1部屋を見学出来ないのかと誰かが質問した時のガイドの答えは、「この通りはミュージアムではなく何千という人々が普通に暮らしている、歴とした普通の通りなのですよ。」

もっとこの道のことを知りたい、私の好奇心はムクムクと膨れ上がり、ついにカールマルクスアレイの事をまとめてスウェーデンの新聞社にレポタージュとして送ろうと決意しました。--(「Leben hinter der Zuckerbaeckerfassade」前書きから)



その後イルィヴァ(スウェーデン人)は1953年初回入居者リストを昔の新聞から見つけだし、電話帳片手にどれくらいの人がまだ住み続けているのか片っ端から調べまくり、アポを取り、各住居へ訪ねる手配を整えます。高齢やもう(この大通りについて)語るのはごめんだといった理由で拒んだ人もいたそうですが、初回入居者の多くはスウェーデンのジャーナリストとイタリアの写真家という組み合わせに興味を持ち、晴れて「いったい中はどんなことになっているのか」を知る貴重な切符を手にしたのでした。

重要文化財の建築物から出てきた「暮らしの中に生きていた東ドイツ」の話は、驚くほどに日常的で暖かみのあるものばかり。以前確かに存在していた国(=東ドイツ)を覗き見る好奇心から書籍を世の中に出すという形にまで消化した彼女たちの功績には目を見張るものがあります。原書はドイツ語ですが、英語対訳の冊子が付きます。私が資料提供した1967年頃の商店街一覧も掲載されています。ぜひ、手にとっていただきたい書籍です。

取材中のエピソードで私が最も好きなのは、伺う家々で自家製のケーキや暖かいコーヒーでもてなされた事。70歳80歳という高齢の方ばかりで、インタビューをした彼女たちは彼らから見れば孫同前の世代。快く暖かく迎えてくれたそうです。2004.5.31


「Leben hinter der Zuckerbaeckerfassade」
Ylva Queisser, Lidia Trri 著
form+zweck Verlag 発行
18ユーロ


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