「レッドエルビス」と呼ばれた男
 Dean Reed/ディーンリード

7月も終盤にせまったある日、とある新聞が15枚にも及ぶある大物スターの遺書を発見したと報じました。1986年に謎の死を遂げたとされていたものが実は自殺であったという大スクープ。その人の名は、Dean Reed/ディーンリード。彼がなんと、ドリームワークス製作トムハンクス主演で蘇るんだそうです。

映画では謎の死を遂げるまでの最後の5年間が描かれるそうで、それに先立ち数年前からリード夫人や親交深かった東ドイツ政府関係者などから話を聞き、情報を集めていたトムハンクス。特に東ドイツ最後の書記長であったエーゴンクレンツとの面会は異色の顔合わせ。この報道には「なにが起こるのだろう」と身を乗り出し何度も新聞を眺めてしまった私。

ディーンリード。人は彼を「レッドエルビス」と呼ぶ。どれくらい人気があったかというと、南米ではプレスリー以上っていうから驚きです。信じられないかもしれませんが、1961年の人気投票ではプレスリーと3万票も差をつけて堂々の1位なのです。ポールアンカ、レイチャールズ、フランクシナトラの名前が後に続くのですから、当時の尋常ではない人気ぶりがお分かりいただけるかと思います。冷戦下に壁を越え西側へという話はたくさんあれど、その逆というのはなかなか耳にしません。それだけでもどんな人物なのか気になる彼ですが、東ドイツに落ち着くまでの彼の人生は、壮絶の一言。とんでもないことになっています。

米国に生まれた彼の歌手としてのキャリアは、まず南米で成功を収めたことからはじまり、映画にも出演します。度々遠征していた南米で社会矛盾を目の当たりにしたことから平和主義者としての人生もスタート。ある年は、ペルーでの米国核兵器実験について発言し国外出禁止令を出される。ある年は、アルゼンチンでレギュラーTV番組を持ち、アルゼンチン代表として国際平和会議に参加する。ある年は、ソビエトに招待されコンサートを開き、アルゼンチンから追放され、スペインに行くもブラックリストに載っており仕事にありつけず、断念してイタリアへ飛ぶ。もちろんベトナム戦争にも反対してイタリアでの労働許可をはく奪される。モスクワでのツアーを機に東欧でも人気を博し、東ドイツへ来たのが1971年。その数年後再婚をしてようやく東ドイツに定住するわけですが、この息つく間もない月日といったら。もう何が何だか複雑すぎて私にはわかりません。

ある程度の言論の自由はあったにしろ、やっぱりプレスリー級の人気者が発言したその後の影響力に、各国は恐れていたのでしょうか。何をどう発言したら国外追放や労働許可をはく奪されるのでしょう。優しそうな風貌だけど挑発するような物言いだったのかもしれません。彼は世の中をどうしたかったのでしょう。プレスリー並みの人気者や平和主義者、国外追放などの肩書きや経歴ばかり前出しにされて、彼自身はどうありたかったのか、そこが気になるところです。

またアメリカから直接東ドイツへ亡命したわけではなく、私が思うに活動をしているうちに行き着いた先が東ドイツだったのではないか。終着した国が彼が理想としていた場所に近かったかというと、そうでもなさそう。けれど、そんな予想も今回の遺書発見は覆す力を持っています。謎が謎を呼んで、やっぱり何が何だかわかりません。

遺書には愛して結婚したであろう奥さんを批判する内容に加え、もう嫌気がさしていたとされる東ドイツの政府を賛美する文章もあった様子。翌日の新聞には驚きを隠せない奥さんと息子の言葉が掲載されていました。今回発見されたこの遺書が映画に反映されるかはわからないけれど、遺書の存在があるとないとではまったく違う解釈になるでしょう。シュタージによって暗殺されたのではないかとも言われていた彼の死。それが自殺だったと裏付けるかのような今回の遺書発見のスクープ。彼の求める理想郷は果たしてどこだったのか、どこに向かおうとしていたのか。それが銀幕にどのように映し出されるのか。観た後にどういう感想を持つ自分がいるのか。今からとても楽しみです。2004.9.20



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